■コラム|中心街から路面店が消えたあと…その先には何が待っているか

地方都市から失われた中心街の路面店


富士見通り・旧サカモトデパート前
引用:https://blogs.yahoo.co.jp/toshishouken/12135928.html

 時代の流れ、と言ってしまえばそれまでであるが、地方では中心街が廃れて久しい。地方都市は、中心を失って途方に暮れたまま21世紀を迎えた。

 しかし、人は変化に慣れるものだ。いつしか、中心街がないのが普通となってしまった。行政は、税収があれば中心街などなくても一向にかまわない。工場でも大型商業施設でもいいから、税収の見込める企業を誘致していく。

 一方で、市民にとっては働く場所こそ最大の関心ごとだ。だから行政の方向性は、なんら理に反してはいない。しかし、目先のことばかりに追われると未来の姿を見失うことになる。それは、過去にも事例が多くある。

 木更津でも、そごうが撤退しあと大型商業施設が次々とあとを追って、中心街は一気に廃れていった。似たような事例は地方にはいくらでもある。

 地方に魅力がないのはなぜか、それを端的にいえば「無駄なものがないからだ」、と個人的には考える次第だ。無駄なもの=人が生きていくに必要不可欠ではないもののことだ。別の言葉にすれば、それは「文化」ということができる。

街が創出する文化が人を集める!

 東京になぜ人々が集まるか、それを考えると判りやすい。東京には働く場所が多くあることも要因(かなり大きいが)であるが、それだけではない。

 東京が人々を惹きつけてやまない理由は、街が創り出した文化にあると考える。あくまで個人的な見解であるが、その文化はどのようにできたかといえば、街を形成する多くの路面店(小売や飲食、他)によって発信されてきた。

 考えてみてほしい、東京の渋谷や原宿、青山などを見て欲しい。さらには下北沢や吉祥寺などの路地裏を回って欲しい。そこには必ず路面店が街を活気づけているはずだ。東京でも昨今は再開発で大型商業施設の建設が顕著だが、それでもまだ路面店が東京の魅力を形成しているのは変わっていない。

 コンクリ箱型の商業施設がいかにオシャレな空間と旬のチェーン店を集めても、街の路面店の個性と、それが集まって作り出す猥雑な空間と文化性には敵わない。東京の魅力は、その集合体こそが人々を集める要因となっていた。

 けっして、百貨店やその他ショッピングセンターがあるからではない。

オープンとクローズドの違い

 原宿や渋谷から、小売や飲食の路面店がもし一掃されたらどうだろうか。そこにはたして人々は集まるだろうか。いや、大型商業施設があるから大丈夫となるか、それは甚だ疑問であると言わざるをえない。

 なぜならば、路面店と大型商業施設には、オープンとクローズドという大きな違いがあるからだ。大型商業施設も路面に立っているが、それは立地および建設上の問題であり路面店のそれとは根本的に違っている。

 ドアツードアで出入りできるのが路面店の特徴だ、そして街と繋がっている。一方、大型商業施設は、たいそうなファサードをくぐらないといけない。街との距離感も路面店と比べて、遠いし密接ではないと言わざるをえない。

 多くの人々がなぜ原宿に集まるか、それはそこに大型商業施設があるからではない。個性的で、面白くて楽しく、トレンドもあり、また猥雑でもある、そんな路面店がひしめいているからだ。けっして有名ブランドの陳列を見るためではない。

 東京は、渋谷や原宿だけでなく、路面店が個性を発揮する土壌がまだ生きている。華々しい大型施設のオープンがニュースを賑わすが、大型施設なら地方にもある。地方にないのは個性的な路面店とそれらが醸し出す文化である。

地方都市の未来予想図

 いま地方の中型都市(人口10万人以上)には、郊外に大型の商業施設ができて中心街から路面店がすっかり消えてしまった。大型商業施設/ショッピングモールでは、小売、飲食、そして娯楽(映画やアミューズメント)までを提供している。

 モールにいけば、そこですべては事足りるというわけだ。しかし、中にいると気が付かないが、そこは単なるコンクリ箱型のクローズドの空間であり、街との繋がりがとても希薄である。そこはある意味では消費のための仕掛け空間といえる。

 したがって、その意図どおり(モール側の)にいかなかった場合、地域の事情とは関係なく撤退していく。すると、街に残されたのは住宅ばかり(あとはコンビニか)となる。すでに中心街の路面店を失って久しいからだ。

 そこはまるで砂漠のごとく、なにもない。どこまで行けども住宅とコンビニだけの街とまる。そんな未来がこないとは限らない。違うだろうか。

 現在、地方のショッピングモールは、そこで暮らす人々の唯一の癒しの場となっているかもしれない。地方にはハレ(非日常)の場が乏しく、モールはその代替えとなっている、と同時にケ(日常)の場でもある。

 そんなモールがある日突然消える(撤退)という日が、いつきても不思議ではない。アメリカでは、すでにアマゾンはじめネット流通にしてやられて、モールから各テナントが次々と撤退し、多くのモールが存続できなくなって消滅している。

 したがって、いずれは日本でもおなじことが起きるのは時間の問題だけといえるだろう。その後、住宅とコンビニ(いずれ無人になるかも)だけになり、なんの魅力もない、ただそこで人が生きてるだけの街になるかもしれない。

 そんな街に誰が住みたいか、誰も住みたいとは思わないだろう。

 一方で、人は環境に慣れるから、そんな街でも生きていくのかもしれない。いや、生きていかざるをえないと言った方がいいか。

 そんな未来は訪れて欲しくはないが、想像ができなくはないところがなんとも気にかかる。それを回避する手立てがあるのかないのか。そこに住む人だけでなく、政治や経済の問題と絡めて解決していくしかないと思われるがいかに。

 残された時間は、そう多くはないと思われるが…。

<追記>
 あくまで個人的見解ですが、木更津の2大商業施設である、三井アウトレットとイオンモールもいつかネット流通にしてやられる日がこないとも限らない。

 アメリカでは、ショッピングモールからテナントの中核だったメーシーなどの百貨店、ギャップその他専門店の有力テナントが次々と撤退していると訊く。

 すでにモールは流通の王様ではなく、ネットがそれにとって変わったようだ。

 木更津では、かつて賑わい(ずいぶんと昔だが)を見せた「みまち通り商店街」では一部が取り壊されて、集合住宅のようなものが建設中のようだ。あまりたしかではないが、新しい路面店でなく住宅というところが気にかかる。

 なぜなら、上記したことと共通しているからだ。路面店が全滅し住宅に様変わりしたあと、モールが撤退すれば上記の予想とおなじになる。いやはや。

冒頭動画:MONDO GROSSO best remixes

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